[MEMO] 諏訪、タケミナカタ、モリヤ、ミシャクジの整理

メモ神社
諏訪大社といえばタケミナカタですが、その歴史について調べたり現地に行ってみると、それ以前の信仰の話題が出てきます。この記事は、それ以前の信仰について調べたことを個人的にまとめたメモレベルのものになります。ここ違うなどあれば是非ご連絡ください。

 

諏訪の土着民はモリヤ族
そこへヤマトに追われて、タケミナカタがやってくる。

モリヤ族とタケミナカタが戦い、タケミナカタが勝つ。
(戦争というよりは力比べ的なもの。呪術戦みたいな場合も)

タケミナカタは大祝おおほうりとなり、モリヤ族は神長官じんちょうかんとなる。
大祝は役職としては一番偉いが、神長官の役割は実務の遂行

モリヤ族はミシャグチを信仰していた。
(モリヤ族の祖はモリヤ神としても祀られていて、千鹿頭ちかと神はその血筋の神)

タケミナカタが来た時に、モリヤ族は千鹿頭神を中心に東北奥地に飛散しているが、残った者もいる。

大祝はタケミナカタの血を引いてる児童が務める。

現在の前宮にあったのは精進屋と呼ばれる物忌小屋で、30日間の潔斎をおこなう場所だった。

そこへ大祝の児童がこもり、ミシャクジが降りて、児童は神がかりになり、託宣を告げる。

これを記録し、人々に伝えるのが神長官(=モリヤ族)。
よって、実権はモリヤ族がもっていたようなものといえる。

モリヤ族は神長官職をまもるために、血縁に問わず、優秀な人材を維持した。
(ヤマトが入ってきた後にも、モリヤ族の血縁の大祝を投入。 < 注意:ここ曖昧な解釈です)

前宮は現在のような神社ではなく、精進屋という小屋だったが、昭和7年に伊勢神宮の余った材料で、現在の社殿になった。
(伊勢 = ヤマト。ヤマトの力で押さえつけてることがイメージできるが、そういう意図があるかは不明)

精進屋は別の村に買い取られて、現存している。

前宮の御頭祭で、神使おこう(=児童)の密殺が行われていた(ようだ)。
鎌倉時代ぐらいまでは行われていた形跡があるらしい。

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