東北被災地・見て来たままお伝えします(2016年10月)

もうあれから5年たつのですね。そして、やっと、やっと東北の被災地を見ることができました。
「見てきた」「見てくる」という表現はなんだか軽い気がして嫌なのですが…

いくつかの場所で写真を撮ってはいるのですが、それらのUPは極力控えることにしました。
現地で話を聞いていると「思い出したくない…」というあまり想像していなかった言葉を度々聞ききました。

自分のイメージでは「早く帰りたい」という思いしか想像できていなかったので、ハッとさせられました。
街が一瞬で流されて、たくさんの命が奪われて。
思い出したくもない、という方が普通なのかもしれません。

僕が撮ったものに今も悲惨のままである場所の写真はほとんどないのですが、そういった思いがある場所の写真を気軽にUPするのは気が引けまして…。

まわった場所について書いていきます。
記載しているURLは地図へのリンクです。

石巻・女川エリア

釣石神社
https://goo.gl/maps/2GPrKjPqtRA2

釣られたような巨石で有名な神社ですが、北上川沿いで追波湾が目の前なので、こちらも大きく被害を受けたようです。
車で走っていると川沿いには何もありませんでした。
民家は少ないエリアのようですが、土台だけ残してほぼ流失してしまったそうです。
神社にも津波があり、津波水位の目印は参道階段の35段目あたりにありました。

ホテル観洋〜南三陸周辺
https://goo.gl/maps/yxjdHu5mWqw
津波にによる浸水はあったけど、避難場所として大活躍したホテル観洋に宿泊しました。
志津川湾沿いにあるホテルで、2Fの露天風呂は浸水したそうです。
(冒頭の写真はホテル観洋の部屋で撮ったものです)

こちらでは近隣の被災地をまわるバスツアーに参加しました。(1時間程度)
バスツアーの細かいディテールは記憶できていないのですが、近隣の学校での避難被害の様子や、ホテルでの状況などの話に胸を詰まらせながらの道中となりました。

94名が行方不明となった大川小学校の訴訟に関して、14億3千万円の支払判決が出た日に、この地をまわっていました。

南三陸防災庁舎
https://goo.gl/maps/k3CNgPuxnFE2
バスツアーの最終ポイントになります。
近隣で被災した建物は2件しか残っておらず、その1つになります。
津波が来てるのに最後まで避難放送をしていた若い女性がいる、という話をなんとなく聞いたことがあると思いますが、その現場になります。
ボロボロになった鉄骨だけが残っているのですが、ただ言葉が詰まるだけでした。
このあたりの津波は15.5メートルだったそうです。

石巻市・旧北上川沿いあたり
https://goo.gl/maps/uiFDC1hQVND2
「公益社団法人みらいサポート石巻」さんの「防災まちあるき」に参加しました。(イレギュラーなプログラムを組んで頂いて1時間程度)
過去の写真と被災時の写真がおさめられているARアプリを使い、街を歩きながら当時の状況などを解説してくれます。
このあたりの津波水位は2メートルだったそうで、街の各地にその記録が掲示されています。

このエリアは家も商店街もある場所で、既に新たに建てられたマンションなどもあり、またそういったところは避難場所である掲示も明確にされていました。
復興状況の話も色々としてくださったのですが、行政とお金の動き、住人の考え判断、それぞれに色々な事があったことを知りました。
遠くにいる自分からすると、お金が届けばなんとかなるイメージでしたが、体制や仕組みが追いついてなかったり、それに対する住人の思いが様々なので、なかなかスムーズにいかないようです。

石巻市・南浜町
https://goo.gl/maps/ZBa4rfGdfky
元々は普通に家が立ち並んでいたのですが、津波で完全に飲み込まれてしまいました。
雪の降る日に、近くの日和山公園から見下ろすこと以外なにもできなかったようです…。
こちらはガイドなく車で走らせたのみ。
ほとんどの場所が居住できないエリアに指定されており、道の舗装だけがすすめられていました。

女川港
https://goo.gl/maps/Nf9wyDPh7Nz
津波は20メートル。もはや想像すらできない被害をうけた場所です。
港の前にファミマがあって、そこで港を眺めました。
頭上に電線がありました。
これよりもはるか上に波が来るってどういうことでしょう…。

瓦礫はほぼ見当たらないのですが、そこら中で工事をしています。
それだけ見れば賑やかにも見えるのですが、あとで手にいれた写真集によると、もうホントに全部もってかれた…、そんな感じの被害があった場所でした。

道中いくつかの復興商店街があり、そこで買い物をしました。
ちっぽけな金額の買い物でしたが、少しでも生活の足しになれば、と…。

仙台エリア

仙台港
https://goo.gl/maps/jaeYc1Ufm5S2
仙台で大きな被害があった場所、ということで足を運びました。
パッと見は何事もなかったように見えます。
しかし僕らは、このエリアで地震に遭遇し、建物の屋上へ避難した人のブログを見ていました。
以下よりどうぞ。
http://ameblo.jp/love-song0520/entry-10828844898.html
これを見ていたので、とても生々しい現場でありました…。
ブログの方が避難した建物も目の前にしました。
めちゃ怖かっただろうな…という思いがずっと頭をぐるぐるしていました。

仙台市・若林区荒浜
https://goo.gl/maps/v7eGzLUP6DS2
完全な平地エリアで、宮城県が想定していた津波は3メートルまで。
しかし実際には10メートルの津波が押し寄せました。
これは平野の津波としては世界最大級なのだそうです。

車で走り何もないな…と思っていたら、次第に建物の基礎だけが露わになりはじめました。
残っているのは学校だけ。(もちろん避難場所として活躍)
あとは本当に何もない。
平地だから余計に何もない…。
玄関らしきスペースはあっても家はない…。
風呂場らしきスペースのようだけど、家はない…。
上物だけスパッとない…。
そんな感じでした。

ここだけ写真を限定公開します。

Post from RICOH THETA. – Spherical Image – RICOH THETA

↑こちらの表示がうまくいっていない場合は、以下のリンクを叩いてみてください。
https://theta360.com/s/3WuGo52UNISdfbt1pc9c84sqq

瓦礫の処理が終わって綺麗なんだと思いますが、普通に家が立ち並んでいたエリアだったそうです。
他のエリアでは復興プロセスが目に入ってきたのですが、ここはほぼ何も行われておらず、時間が止まっているようでした。

仙台市はこのエリアを居住禁止としたそうです。
約800世帯があったそうで、戻りたくても戻れないということです。
行政からの一方的な通達だったという話もあり、住民からの反発もあるようです。(ネットで知った話です)

さいごに

以上が見て回ってきたところのでおおよその話です。
何かできることを探しに…ということではなくて、遠くから見ているだけではなく、この目で確認をしたいという思いで足を運びました。

運転は仲間がしてくれたのであまり疲れてないはずなのですが、どっとくるものがありました。
心労でしょうか。
少なくても軽やかなエネルギーが立ち上るような場所ではないので、心身が反応していたのかもしれません。

この現地体験でのことはなんだか言葉にならない部分、気軽に言葉にできない部分がありまして、どう締めていいのかもわからないのですが、見てきたままのレポートということでシェアさせてもらいました。

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